freee株式会社を退職しました

この記事は退職者アドベントカレンダー2017(その2)の15日目です。

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今年の10月いっぱいでfreee株式会社を退職しました。 どこか時間がある時に退職エントリー書くかーと思ってたのですが、そうこうしているうちにアドベントカレンダーの時期になってしまったので、この機会に書くことにします。

freee株式会社でやっていたこと

Webアプリケーションエンジニアとして、サーバサイド、クライアントサイドを問わずアプリケーションの開発業務を中心に従事していました。ある機能の開発サイドのオーナーみたいなことをやっていたこともありました。これは自分の中でも特に良い経験でした。

言語的にはRubyJavaScriptを書いている時間が長かったです。あと社内にボドゲが大量にあったので、暇な時にみんなで集まってやっていました。

振り返る

僕が入社したのは2015年の4月だったので、ちょうど2年半ほど在籍していたことになります。

入社当時の社員数は80名弱でしたが、退職時点ではその4倍を超える社員数になっていました。 すごい速度で会社として成長してきたんだなーと改めて思います。 2、3日おきに10人ぐらい入ってきていて、もう顔がわからん..みたいなことになる時期もありました。

この成長期を実際に中の人として経験できたのは、自分にとって本当に良かったと思います。会社が成長していく中でのなんとも言えない熱狂と、過程で生じる摩擦も含めて、なかなか得ようと思っても得られない経験だったと思います。

freeeは率直に言って働きやすい会社だったと思います。というと退職エントリーあるあるな前職を持ち上げるあれっぽいですが、まぁ率直な感想です。 出社退社時間や働く場所(リモート)の調整は自分の裁量で決めることができました。僕にはコードに熱中し始めるとある程度まで書き切らないと止まれなくなる悪癖があるので、すごくありがたかったですね。朝会あんまり出席してなくてすみませんでした。

なぜ退職したか

freeeの仕事に特に不満はありませんでしたが、どんどん拡大していく開発組織に戸惑いはありました。 ジェフ・ベゾフのTwo-Pizza Team Ruleの考え方が結構好きなのですが、開発組織の人数を増やす前に生産性をあげる手段は別にあるんじゃないかな、と思うことが増えて、わずかですが外を意識し始めました。

単純に2年半もいると中で使っている技術については熟知してしまって、刺激不足だったというのもあります。

とは言えfreeeのプロダクトの目指しているビジョンと、難しい領域へのチャレンジには共感していたので、それらがあってもまだやめる段階ではないと思っていました。むしろ自分でやっていきを発揮して何とかしてみようと思ってました。何とかできたかはわかりませんが。

自分の感覚的に、あと2年ぐらいでこの界隈の勢力争いに一定の区切りがつきそうだなと思っていたので、少なくともそれまでは何もなければ在籍しているつもりでした。

しかしそんな折に、知人から教育系のWebサービスベンチャーの誘いを受けて、迷いましたが、彼の熱意とプロダクト・働き方の両面での面白さに惹かれて2人目の社員としてジョインすることにしました。

彼はプロダクトをすでに持っていましたが、プロダクト、今後の展開の両面でのフルリニューアルをしている真っ最中で、そのタイミングでのお誘いでした。 プロダクトについては、特にフロントについては全面書き換えということで、全てにおいて自分の裁量で決定できることに魅力を感じました。 Websocketを用いたリアルタイムなインタラクションやPWA対応が必要な要件で、特に興味がある領域だったことも大きいです。

展開については、海外に会社をもち、そこを拠点として展開させていきたいという話を受けました。現在事務処理を大急ぎで頑張っている(僕は何もやってないですが)ところなので詳細は避けておきますが、うまく行けば来年には海外に会社が建つことになります。僕も来年少なくとも半年以上はそこで過ごすことになると思います。以前より英語圏で仕事がしてみたいと思っていたので、これは非常に魅力でした。

あとは結構な額のストックオプションももらったので、当たればでかいというのも当然あります。一発あてたい。

僕も今年で30だしこの辺りで挑戦しておくか、という気持ちになったというのもあります。

実は10月に結婚もしているんですが、妻はあっさりokしてくれました。

現職については、また落ち着いたら色々書きたいです。技術的にも面白いことができているので、どこかの機会に発表もしたい。

というわけで

これからもよろしくお願いします!